幼児たちだけで小さな社会を形成する遊びなんですね

教育をするぞ!

子供はすぐに大人のマネをするので
子どもが本来持っているせっかくのやる性

突然6年生になって自發一人で勉強を始めました。3年生のドリルからやり直し、びつい書き込まれたノートを見せながら、宿題もろくにやっていなかったので成績は悪かったのですが、言いました。「お母さんに素敵な家を建ててあげたいから建築家になりたいんだ。そのためには大学の工学部に行かなきゃいけないから、勉強するんだ。勉強は大変だけど、目標のためには仕方ないよね。

子どもはいつかければならないの!

ゲームも手元にあると遊んじゃうからお母さんに預けた。今まで全然勉強してこなかったけど、先生に聞いたりしてやり直していると、だんだんわかってくるんだよ。なんか、勉強が楽しくなってきその後、経済的な理由で塾にも私立の学校にも行けなかった彼は、独学のみで公立の中高を卒業し、現在国立大学の工学部に通っています。CちゃんとD君、一体どこが違ってしまったのでしょうか。「心を司る脳の働き」の育ちが違うのです。「お勉強」はあとからいくらでもできますD君の脳では勉強は大変で、ゲームもあきらめなければならないけど「まあ、いいか」、そして自發はきっと「大丈夫Jと思える心の脳ができているのです。

友だち作りを最重点において幼児を

他者の痛みが分からなければ、他者との共感性が持てません。危険の重要性は他にもあります。例えば木登り木に登ろうとして落ちて、痛い思いをして一つの危険を学び、再びチャレンジしてまた落ちる。そんなチャレンジを繰り返して、木に登れるようになった時、誇らしげな気持ちになれます。それが「自信」なのです。自転車も、何度も転びながら練習をして、自転車に乗れるようになった時には達成感を感じ、それが自信となります。子供は、危ない事や痛い事を克服してやり遂げる事で、人間としての自信を深めて行くのです。発達障害スクール

幼児は貴重な体験を得ているのです

小さな自信の積み重ね無くして大きな自信は得られないのです。空間認識と自己認識赤ちゃんは移動出来るようになり、様々な危険を経験しながら自らの意思で移動し、五感を使って確認する事によって、世界(空間)を認識して行きます。その空間の中で自分の存在を認識して行くのです。こんな実験が有ります。床に敷いたバスマットをショッピングカートに結び付け、歩き始めた赤ちゃんに押させる実験です。生後15ヵ月の子供に、最初に研究者がバスマットを踏まないように、バスマットを畳んでから押すのを見せた後、子供にショッピングカートを押させます。

しつけはおおらかだったんですね
しつけに熱心な時代はないと思われるこどもの

教育したらよいかを

子どもは言われなくても早寝早起きですし自分の無意識のr存在感」は、「何かとかかわり合っている自分」として自分をつかむものですが、赤ちゃんやこころの病気のある人の場合には、「抱かれて愛されている自分」というわかりやすいかかわり合いが自分の存在把握には効果的なので大切です。それで、こころの病のことを「赤ちゃんの時のスキンシップ不足」とも言えるわけですが、愛情がないのではありません。先程のQ&Aで述べたように、皆だれでもが、愛情を内に秘めてたくさん持っているのです。本能(遺伝子情報の一つ)の中にしっかりと持っているわけです。赤ちゃんの時に、抱くスキンシップの刺激によって、本能から愛情を引き出すのが少し少なかっただけのことで、後で大人になってからでもゆっくりと引き出して追加したらよいのです。

子ども達には運動の種もあるのです

このように、愛情に根差した安心で快いかかわり合いができなくなると、もっと別の方法でもいいから脳はかかわり合いをしようとします。脳はかかわり合いのためだけにあるのですから(図A)。それが怒りによるかかわり合いであったり、いじめによる一方的なかかわり合いであったりするのです。こころのキャッチオールができないのです。あるいは、外部世界とのかかわり合いをあきらめて、自分の脳と脳とのかかわり合いだけに専念して、自分の脳の世界に閉じこもり、こころを閉ざすことになります。